マントラが響いた那賀川の雄渾

 台風一過の青空が広がる中、豊かな水量をみせる那賀川です。標高1900mを越える剣山山系から紀伊水道まで125kmを一気に流れ落ちる急流で、みるからに勢いのよい雄渾な流れが徳島県を東西に横切っています。お遍路さんは四国八十八ヶ所第20番札所・鶴林寺から急坂を降り、この那賀川を渡ってから第21番札所・太龍寺に向かって再び山登りを強いられます。「遍路ころがし」と呼ばれる難所のひとつです。

 このあたりは弘法大師空海が20代前半に厳しい修行をしたところです。当時のエリート養成所だった大学寮を飛び出した空海は山林修行僧として畿内や四国をめぐり、虚空蔵求聞持法を極めようとしました。空海が24歳でまとめた初めての著作「三教指帰」の序では、太龍寺近辺の深い山谷を踏み分け、室戸岬の御厨人窟などで修業を続けたところ、「谷響きを惜しまず、明星来影す」と神秘的な体験をしたことを書き残しています。

 虚空蔵求聞持法は虚空蔵菩薩の真言(マントラ)を百日間にわたって1日1万回ずつ合計100万回を唱えるという荒行です。これを修めると記憶力が飛躍的に増し、あらゆる経典を覚えることができるとされていて、奈良時代から平安時代にかけて多くの山林修行者が挑んだそうです。

 「谷響きを惜しまず」というのは、空海が虚空蔵菩薩のマントラを唱え続けるうちに、谷全体がマントラの響きに共鳴していった、ということでしょうか。そのイメージをつかむことは容易ではありませんが、舞台となった谷はこの那賀川流域にあるどこかの支流か沢だったはずです。虚空蔵菩薩はここから向かう太龍寺の御本尊でもあり、激しい修行を続けた空海の行跡を偲ばせてくれます。

水源の剣山山系から紀伊水道まで一気に駆け下っていく那賀川の流れ

 私の場合、ブログに書かせていただきましたが、昨年秋にお遍路さんを始めて5日目を迎えたころ、一人で歩いていく自信が揺らぎ、メンタル的にしんどくなって、お遍路さんを続けることができなくなってしまいました。そこでいったん首都圏の自宅に戻り、再びを意を決して歩き始めたのが、この鶴林寺から太龍寺への遍路道でした。前日まで台風に刺激された秋雨前線が大量の雨を降らせていたようで、うねるような勢いで大量の水が流れる那賀川の姿をみて、何かに励まされたような気分になり、元気になったことを覚えています。

  ➡️ブログ「台風一過 山寺をたどる」 http://ohenro-online.com/awa-ed/kakurinnji/

[歩いた日] 2016.10.6
[天気]   晴れ

Share

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Translate »