義経が駆け抜けた弦巻坂

 徳島市内のビジネスホテルのベッドはとても快適でした。その分、ここ数日歩き続けた疲れがどっと出てしまった感じがします。でも、体が重い。日常的に運動不足だったのに、四国八十八ヶ所の巡礼を始めて急に毎日20km前後を歩いたので、体がなじめないみたいです。きょうはバスや電車をなるべく使い、体力的な負担を減らすことにしました。

 ただ、インターネット上で検索しても、バスや電車などの公共交通機関を移動手段として四国八十八ヶ所霊場を回るための情報は案外少ないです。特に地元の足となっているバスについては、そもそもどこにバスの路線が走っているのか、一日何本のバスが運行されているのか、土地勘のない旅行者にはわかりにくい。ホームページの情報量もバス会社ごとにバラバラで、スマートフォンでは最新の時刻表をみられないケースもあります。
 その点、これから目指す第18番札所・恩山寺までの交通手段となる徳島バスは、ホームページ上に路線別の最新時刻表がPDFファイルで一覧できるようになっており、スマホやタブレットでもきれいに表示されるので助かりました。

 JR徳島駅から恩山寺前バス停まで道路渋滞もあって45分でした。小高い丘にある恩山寺までバス停から徒歩で10分ほど。途中からアスファルトを離れ、石仏のある参道をたどると、すぐに山門に着きました。

第18番札所・恩山寺の太子堂。空海が母親に孝養を尽くした寺として知られています

 恩山寺は空海のお母さんにゆかりのあるお寺として知られています。当時は女人禁制だった恩山寺で空海が修業していたところ、讃岐から生母が訪ねてきた。空海は修業して女人解禁の願を成就し、晴れて母親に対面できたという逸話が説明板に書いてありました。こんな人間味を感じさせるエピソードを読むと、多くの人が自分の母親のことを思い出すことでしょう。「母養山」という珍しい山号がしっくりきます。

 恩山寺からアスファルトの道を下り始め、まもなく右手に現れる牛舎のわきから山の中に入っていくと、竹林に囲まれた古道が現れました。未舗装の緩やかな上り坂で、道幅は1mあまりしかありません。ここは「弦巻坂」と名付けられています。源平合戦の折、屋島に陣を構えた平家を背後から襲うため、嵐の中を現在の徳島県小松島市の浜辺に上陸した源義経が数十騎を率いて駆け抜けた坂道だと伝わっています。周囲に敵方がいないことを確認した義経が、弓の弦を緩めるよう配下に指示をしたという故事から、「弦巻坂」と名付けられたそうです。路傍の石仏には丁寧に花が活けられており、荷物を背負った歩き遍路が足早に坂道を登っていく姿が絵になります。

屋島の戦いで平家の背後を突こうと、源義経の騎馬隊が駆け抜けた弦巻坂。急ぎ足のお遍路さんが登っていった

 ここからみかん畑を眺めながら平らな車道を1時間あまり歩き、真っ赤な欄干の橋を渡ると、第19番札所・立江寺に着きました。日曜日のためか数組のバスツアーがほぼ同じタイミングで到着したらしく、さほど広くない境内は白衣姿のお遍路さんで大混雑しています。ゆっくりとお参りするスペースもありません。早めに境内から退散して、JR牟岐線の立江駅に向かうことにしました。一般的な歩き遍路のルートでは、立江寺から10kmくらい歩いて第20番札所・鶴林寺のふもととなる勝浦町に行くのですが、私は歩く距離を減らしたかったので、立江駅から鉄道でいったんJR徳島駅に戻り、バスを使って勝浦町にいくことにしました。

 あとになって知ったことですが、このあたりから第21番札所・太龍寺あたりは空海が若いころに修行した地域のひとつで、立江寺の奥の院にあたる取星寺や番外霊場となっている星の岩屋など空海ゆかりの場所も多く伝わっています。じっくり歩いてみると、きっと面白いのでしょうね。ただ、今回は疲労がたまっていたこともあり、とてもそんなに歩く気分にはなれませんでした。

 1両編成のJR牟岐線は中高生をはじめ地元の人たちで満席状態。JR徳島駅に着き、バスターミナルにあるロータリーを歩いていると、玉ヶ峠の手前で会ったオーストラリア人のカップルに再会しました。テントを背負って歩いていた2人ですが、徳島市内ではビジネスホテルに泊まっており、きょうは休養日だそうです。「熱いシャワーが気持ちよかったよ」と笑顔で話してくれました。マイペースで四国の旅を楽しんでいる様子がよく伝わってきました。

 徳島市内の市街地からきれいな川に沿って山間の集落に入っていく徳島バス勝浦線は車窓の変化が楽しい。旅情を味わううちに勝浦地区を過ぎて山間部に入り、集落の軒先をかすめるようにバスを走らせる運転手のプロフェッショナルなハンドルさばきに感心するうちに、坂本八幡神社前に着きました。バスの乗車時間は1時間10分ほど。山の斜面に立派な社殿を構える八幡様のすぐ近くに、本日の宿泊先となる「ふれあいの里さかもと」がありました。

 この施設は山奥にある集落で使われなくなった小学校を改装して地元のひとたちが運営しているそうで、ホスピタリティを感じられる評判のいい宿です。私の部屋は元保健室。たたみ8畳に2畳分の出窓が付いた立派な部屋でした。館内には、坂本地区が寺子屋時代から教育熱心で明治時代になって何度も陳情を繰り返してやっと小学校の建設を果たした歴史を説明した資料があり、この学校が地域でいかに大切にされてきたのか、ここで暮らす人たちの気持ちがひしひしと伝わってきました。夕食のメーンは鮎の塩焼き。野菜や山菜もおいしかった。ここは、もっと都会のひとが知ってもいい施設だと思います。

ふれあいの里さかもとで宿泊した部屋。元は保健室だが、いまは快適な和室になっている

 きょうは歩行距離が10km足らずだったので、体調はだいぶよくなってきました。心配なのは台風の動きで、あす昼からは雨が降り始める見通し。天気予報では、明後日とその翌日は台風の直撃を受ける恐れがあるとして警戒を呼びかけていました。宿のおやじさんには「室戸岬に行くなら、台風の日はやめたほうがいい。あの道路は海から波が直撃してくるから」と真面目に言われた。あすは第20番札所鶴林寺と第21番札所太龍寺を歩いて参拝する計画で、四国八十八カ所巡礼のうち先日の焼山寺に次いで厳しいという山岳ルート「遍路ころがし」になります。一方で、宿のおばさまは「明後日と明々後日は台風だから、山は大変になる。明日行かなかったらここに3泊することになっちゃうから、明日は進んだ方がいいよ」とアドバイスしてくれた。

 いろいろ考えてみたが、台風襲来を理由に、いったん首都圏の自宅に戻ることにしました。あすはバスでJR徳島駅に戻り、そこから高松空港に移動して成田空港行きのジェットスターに搭乗します。飛行機代の方が台風の通過を待つ間にかかる宿や食事の滞在費用より安いという理由もありますが、本音を言えば、体力的にペースがつかめなかったうえ、四国八十八カ所巡礼を一気に「通し打ち」でやり遂げようという意気込みが揺らいできました。何事もメンタル面がしっかりしていないとだめですね。ちょっと情けないけど、気持ちを切り替えて出直すことに決めました。
 
【第5日】
[歩いた日]2016.10.2
[コース]徳島市中心部-(バス)-恩山寺―立江寺-(バス)-徳島駅-(バス)-ふれあいの里さかもと
[天気]曇りときどき晴れ
[歩行距離]9.4km
[歩数] 1万2467歩

【利用した公共交通機関】
 <JR徳島駅-恩山寺前>
 徳島バス立江線(小松島市委譲路線)
 料金 380円
 http://tokubus.co.jp/wptbc/routebus/

 <JR立江駅ーJR徳島駅>
 JR四国牟岐線
 料金 360円
 http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

 <JR徳島駅-坂本八幡神社前>
 徳島バス勝浦線
 料金 970円
 http://tokubus.co.jp/wptbc/routebus/

【お宿メモ】
[宿泊先]ふれあいの里さかもと
     徳島県勝浦郡勝浦町坂本字宮平
     0885-44-2110
     http://www18.atpages.jp/fureaisakamoto/
[宿泊費]6500円〜
 使われなくなった小学校のを活用して地元の人たちが運営している宿泊施設。あたりは山深い地域で、修行中の空海が一夜を明かしたと伝わる岩など、あちこちに空海の足跡が残されている。

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