いただくばかりの遍路旅

 四国八十八ヶ所の難所として知られる第60番札所・横峰寺の参拝を終え、伊予小松(西条市小松町)の市街地にある第61番札所・香園寺に向かいます。遍路道は西日本の最高峰・石鎚山の山すそが瀬戸内海に消えていく尾根道に沿って刻まれており、標高745mの横峰寺から標高46mの香園寺まで9.6kmの下り坂が続きます。香園寺から第64番札所・前神寺まで街道沿いに4つの札所が固まっているので、この日の午後にまとめて4カ所を参拝できると、翌日に鉄道を使って移動して一気に先に進むことができます。そんなわけで横峰寺-香園寺間の下り坂を一気に飛ばして歩きたかったのですが、この9.7kmはけっこう長い。連日の疲れが溜まっているのか、なかなか歩くスピードがあがりません。

 愛媛の山道は人里に近くなると、みかん畑が広がっていることが多く、瀬戸内海をバックに穏やかな風景がみられます。横峰寺から延々と続いてきた下り坂がようやく終わりにさしかかり、私がみかん畑を通りかかると、まるで待ち構えていたように、少し離れた場所で畑仕事をしていたおばあさんが大きな声で呼びかけてくれました。
 「おーい、お遍路さん! みかん、持っていって! 水がわりだからね」。
 お言葉に甘えて、両手に持ちきれないくらい、みかんをお接待していただきました。一休みして近くの石垣に腰を降ろし、皮をむいてほおばると、とってもみずみずしいみかんでした。おばあさんが言う通り、このみかんは水がわりになりますね。おかげさまで、のどの渇きが収まりました。

 まもなく第61番札所・香園寺に着きました。午後3時を過ぎていたので、横峰寺から香園寺まで9.7kmの下り坂を2時間20分かかったことになります。香園寺の本堂は鉄筋コンクリート製で、近代的なホールのような外観です。靴を脱いで本堂の中に入ると、御本尊に向かってコンサートホールの観客席のように座席が半円状に並んでいて、参拝者はクッションの効いた席に座ったまま般若心経などを読経してお参りするスタイルになっています。四国八十八ヶ所の札所でこうしたホールのような本堂は、香園寺にしかありません。最初はびっくりしましたが、この日は雨混じりの天気に悩まされていたので、実際に空調の効いた本堂で着席してお参りすると、大変快適でした。

第61番札所・香園寺の本堂では、コンサートホールのような席に座ってお参りできる

 香園寺の境内を出て、市街地を歩いていると、下校途中の男子高校生数人が反対方向からやってきました。お遍路姿の私に気づくと、すぐに「こんにちは」と笑顔で声をかけてきて、きちんと一礼してくれました。たったそれだけのことなのに、とってもうれしかった。小さな子供ならともかく、ハイティーンは気難しい年頃です。そんな男子高校生たちがごく当たり前のように、見知らぬお遍路さんに礼儀正しくあいさつをしてくれるなんて、都会ではちょっと考えられません。お大師さまやお遍路さんに対する親しみが、こういう気風を生むのでしょうか。お遍路さんを続けていると、ささいなことに感動しやすくなってくるのかもしれません。

 第62番札所・宝寿寺は、納経所の受付時間が午前8時〜正午と午後1時〜午後5時となっています。ほかの札所は四国八十八ヶ所霊場会の取り決めで受付時間を午前7時〜午後5時に統一していますが、宝寿寺だけが例外です。私は遍路宿で同宿になったベテランお遍路さんから「朝8時前にいくと、納経を受けられないので気をつけた方がいいよ」とアドバイスを受けました。私は2016年10月19日の午後4時ごろ、宝寿寺を参拝し年配の女性から納経を受けたので、特に不便は感じませんでした。このブログを書くまでに半年も時間が経ってしまって恐縮です。

 宝寿寺と四国八十八ヶ所霊場会の摩擦は霊場会からの脱退をめぐる裁判にまで発展し、2017年3月、高松地裁丸亀支部が宝寿寺の脱退を認める判決を下しました。報道によると、霊場会は判決後、理事会で宝寿寺の脱退を承認しましたが、同時に納経所の受付時間の違いによって参拝や納経ができない参拝者に便宜を図るとして、第61番札所・香園寺の駐車場に62番の礼拝所を設置することを決めました。この礼拝所は4月24日から運営されているそうです。現状では第62番札所として長い歴史を持つけれども霊場会から脱退した宝寿寺と、霊場会が香園寺に設置した62番礼拝所という、2つの62番札所が存在するわけです。巡礼する側としては、混乱しますね。

 さて、宝寿寺から早足で急いだ私が第63番札所・吉祥寺に飛び込んだのは、午後4時30分ぐらいでした。この吉祥寺は、いまでこそ人家が立ち並ぶ一角にありますが、かつては大きな霊場だったそうです。吉祥寺から南にある峠を越えていくと石鎚山の登山口にでるので、瀬戸内海から石鎚山に登る山岳信仰の拠点だったとの見方もあります。確かに、日本各地の山岳信仰では、海で集めた砂を持って霊山に登り、頂上で海の砂をお供えするというお参り方法が伝わっています。屋久島にも残っていますし、おそらく富士登山にもこうした習慣はあったと思われます。そう考えると、吉祥寺は石鎚山信仰のなかで大切な位置にあるのかと思ったりしました。

第63番札所・吉祥寺の山門。午後5時を過ぎたころ、バイクで乗り付けた地元の参拝者が小走りで本堂に向かっていった

 吉祥寺でお参りを終え、納経所に駆け込んだところ、ほかに誰もいなかったためか、ご住職がお菓子を勧めてくださいました。遠慮なくどら焼きに手を伸ばしたところ、ご住職は「疲れたでしょう。一つと言わず、お好きなだけお持ちなさい」と破顔一笑です。横峰寺から歩き通してきて、私はよっぽど疲れた表情だったのかもしれません。そう思うと、いささか恥ずかしかったのですが、お言葉に甘えてマドレーヌを追加でいただきました。お菓子をもらったからと言うわけではないのでしょうが、このときにご住職がみせてくださった満面の笑みはいまも鮮やかに覚えています。

 吉祥寺を後にしたときは、もう午後5時を回っていました。第64番札所・前神寺は翌日に持ち越しとなり、この日の行程も終わりです。徒歩数分の伊予氷見駅から鉄道に乗り、宿泊先のある伊予西条駅に向かいました。空腹だったので、車中でしたが、吉祥寺のご住職からいただいたどら焼きをほおばりました。いや、本当においしかったです。

 水がわりにみかんをお接待してくれたおばあさん、笑顔で声をかけてくれた男子高校生たち、そして吉祥寺のご住職。この日の午後は、いろいろなものをいただいてばかりの遍路旅でした。

【第19日 午後の部】
[歩いた日]2016.10.19
[コース] 今治市内-伊予西条駅-大頭バス停-横峰寺-香園寺ー宝寿寺ー吉祥寺-伊予氷見駅ー伊予西条駅
[天気] 曇り
[歩行距離] 27.8km
[歩数] 3万6245歩

【利用した公共交通機関】
 <伊予氷見駅ー伊予西条駅>
 JR四国 予讃線
 料金 210円 
 URL http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

【お宿メモ】
[宿泊先]西条アーバンホテル
[宿泊費]  6,300円(朝食付き)
 愛媛県西条市大町800-3
 TEL:0897-53-5311
 URL http://www.saijo-urban-hotel.com

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