第12番札所・焼山寺での大休止を終え、1時間ほど降った集落にある本日の宿「すだち館」に向かって歩き始めました。途中、見晴らしがよい杖杉庵(じょうさんあん)で、衛門三郎の故事について説明板を読みました。それによると、衛門三郎は現在の松山市南部にいた商人で、ある日、貧しい身なりで一夜の宿を求めた弘法大師空海を邪険に扱ったところ、その報いで子供たちが次々亡くなり、商売も傾いたそうです。悔い改めた衛門三郎は弘法大師に許しを乞おうと四国八十八ヶ所霊場を何度も回ってたのに、会うことができない。一計を案じて逆打ちを試み、ついに空海と再びめぐりあって改心したことを告げたのが、いま杖杉庵のある場所だったということです。
ちなみに衛門三郎ゆかりの霊場としては、道後温泉近くの第51番札所・石手寺が知られています。四国遍路のご利益を示すストーリーとして語り継がれてきたエピソードですが、弘法大師を粗末に扱ったひとが報いを受けたり、改心した衛門三郎が「来世は一国の国司に生まれたい」と弘法大師にお願いして息を引き取るといった展開は、霊場ごとに般若心経を唱えるお遍路さんの心ばえとしては、なんだか俗世の利益を強調しすぎている気がします。衛門三郎の物語が弘法大師の霊験を伝えるエピソードとして広まってきたところをみると、お遍路さんの歴史にはやっぱり現世利益を求めたところが大きかったのかもしれません。
そんなことを考えながら坂道を下り、先を歩いていた白髪交じりの外国人お遍路さんを追い越そうとしたところ、「こんにちは」と陽気に話しかけられました。そのまま一緒に歩いていくと、この方は70歳になるオーストラリアの男性で、同じすだち館に泊まることが判明。しかも、四国遍路が4回目というベテランで、すだち館には以前にも泊まったことがあり、「オーナー夫妻がとてもいいひとだったから、きょうもお世話になることにしたんだ」と教えてくれました。
すだち館は、名前の通りすだちを栽培する農家が始めた善根宿で、母屋の2階にある2室をひとり1泊2食付き4000円という格安価格でお遍路さんに提供しています。こうした善根宿は、四国各地にあって、旅館や民宿のようなサービスは受けられませんが、地元のひとたちといろいろ話しができるという面白さもあります。なにより善根宿を提供する根本部分には、お遍路さんを大切にしようという「お接待」の気持ちがありますから、最近増えている民泊とも似ているようで相当違います。四国独自の遍路文化が長い時間をかけて育んできた宿のかたちです。
そんな善根宿に泊まるのは、私にとっても初めて。どうなることやらと思いながらリズさんと2人で宿に着くと、ゆかいなハプニングが発生しました。おかみさんから「きょう泊まるのは2人だけ。近くにいい温泉があるから入ってきて。車貸すから」といきなり言われ、軽自動車のキーを渡されてしまいました。レンタカーでもないのに、宿の車を運転して、万一、事故でも起こしたらどうしよう、といささか困惑しながら理由を聞いてみました。
それによると、すだち館ではお風呂が小さな家庭用風呂なので宿泊者を近くの神山温泉に案内することが多いのだが、このごろだんなさんがご高齢になって運転が大変になってきているうえ、きょうはいつもドライバーを頼んでいるひとが夕方5時半にならないと帰ってこない。だから、軽自動車を貸すので、自分たちで日帰り温泉に行ってきてほしい、とのことでした。
隣りにいるオーストラリアのリズさんに説明したところ、「前回すだち館に泊まった時も神山温泉に連れて行ってもらって、とってもよかった。でも、僕はガイジンだから日本の免許がない。携帯電話もない」と大げさなジェスチャー付きで話してくれました。ちなみにリズさんは日本語をほとんど話せません。私に対しても、最初に「こんにちは」と話しかけてきた時だけ日本語で、それ以降はずっと英語で通しています。これまでの遍路旅では、英語がまったく通じない四国の片田舎でも、英語とジェスチャーだけでなんとかコミュニケーションをとってきたそうで、これはかなりの度胸がないとできないことではないでしょうか。
こうなると、すだち館の軽自動車をお借りして、私がドライバー兼通訳になり、30分前に知り合ったばかりのオーストラリアのおじさんといっしょに日帰り温泉施設にいくしかないですね。でも、初めての土地なので道がわからない。道路地図もないので、すだち館のだんなさんに地図を描いてもらったんですけど、まるで象形文字みたいな線画が出てきて(笑)、とてもたどりつけそうにありません。どうしたものかと思っていたところ、カーナビ代わりに僕のiPhoneでGoogle Mapを設定すればいいことに気づきました。でも、iPhoneを運転席に固定するスタンドがなかったので、運転中はリズさんが私がiPhoneを見えるように持ってくれることになりました。
リズさんはオーストラリアのゴールドコーストにある英語学校で日本人など外国人の生徒をリクルートする仕事をしていて、そこで知り合った21歳年下の日本人女性と結婚、子供2人と一緒にオーストラリアに住んでいます。毎年奥さんと子供が実家のある富山県に里帰りするのですが、富山県だけでは飽きてしまい、日本各地の寺巡りを始めたそうです。そして四国が「人が優しい」から気に入ってしまい、今回で4回目のお遍路さんになってしまった、と話してくれました。いまは体力的なこともあって、バスなど公共交通機関を使いながら回っている、とのことです。
無事に温泉施設に往復して、夕食どきには軽自動車の中で聞いたリジーさんの話をすだち宿のだんなさんとおかみさんに通訳したりして、あっという間に時間が過ぎていきました。なんだかバックパック旅行をしている気分になって、楽しかった。
神山温泉は透明で柔らかい泉質で、焼山寺道のアップダウンでいじめられた足腰がだいぶ緩んだ気がします。サウナも効きました。
【第3日 午後の部】
[歩いた日] 2016.9.30
[コース] 旅館吉野ー藤井寺-焼山寺ーすだち館
[天気] 曇り
[歩行距離] 24.1km
[歩数] 31,741歩