四国八十八ヶ所のうち6つの札所が集まっている今治市は、徒歩で回るのにちょうどいい場所に札所が配置されています。第56番札所・泰山寺は、ひとつ前の南光坊から歩いて40分ぐらい。今治駅を通ってJR予讃線を越え、落ち着いた住宅街を通りぬけます。学校の前を横切り、初めて訪れたのにどこか懐かしい感じがするなと思いながら歩いていると、すれちがった数人の生徒さんたちがごく自然に「こんにちは」と声をかけてくれました。その声でふと我に返り、「ああ、自分はいまお遍路さんだったんだ」と思い直しました。些細なことかもしれませんが、お遍路さんをやっていると、こんな瞬間がうれしいものです。周囲に田んぼや畑が増えはじめると、泰山寺に着きました。
続いて蒼社川を渡り、第57番札所・栄福寺を目指します。栄福寺は府頭山という標高90mほどの小山の中腹にありますが、現在地に移ったのは明治時代だそうです。 江戸時代のお遍路ガイドである「四國遍禮道指南」(しこくへんろみちしるべ)をみると、第57番札所は八幡宮と記載されていますから、江戸時代までは本尊の阿弥陀如来を本地仏として八幡さまと一緒に府頭山山頂でお祀りする神仏習合の札所だったのですね。それが明治の神仏分離令で、八幡宮と栄福寺に分けられたとのことでした。
四国八十八ヶ所を回っていると、神仏習合って日本人の宗教観に深くなじんできたんだなあ、と感じることがよくあります。自然豊かな遍路道を歩いていると、あちこちの道ばたに祠や石仏がたくさん置いてあり、それがごく当たり前の風景ですから。そんなおおらかな宗教観を大切にしたほうが、神仏分離令のようなギスギスした決めつけをするよりも、日本人にとって幸せなんじゃないか。四国八十八カ所巡礼の途中で、そんなことを何度も考えました。
さて、栄福寺から遍路道を先に進むと、だんだん登り坂になります。58番札所・仙遊寺のある作礼山は標高290mほど。やがて山門が現れ、仙遊寺の境内に入るのですが、この山門からトレッキングルートのような階段状の山道を登らなければなりません。標高が低いので手軽に登れるだとうと思っていたら、けっこう傾斜があってきつい道です。思わず息が弾んでしまいました。
ところで、山門の仁王様を見上げてみると、ずいぶんイケメンさんでした。1947(昭和22)年の山火事で御本尊と大師像を除いて堂宇のすべてを焼失してしまったそうですから、山門と仁王様もそのあと整備されたものなのでしょう。自動車で山上の駐車場まで行ってしまうと見逃しがちですが、この仁王様と山門から本堂まで続く階段の山道はとても雰囲気が良かったです。
仙遊寺は気持ちのいい札所です。境内からは、しまなみ海道が続く瀬戸内海を遠望できます。ちょっと面白いと思ったのは、四国八十八ヶ所霊場会や仙遊寺のホームページに、弘法大師が仙遊寺を訪れて何かをしたという伝説的なエピソードが紹介されていないことです。空海が誕生する150年くらい前に創建された歴史があり、その後も伝説が生まれる機会もあったはずなのに、弘法大師伝説をアピールしない四国八十八ヶ所の札所というのは、珍しいのではないでしょうか。境内には立派な太子堂のほか、四国の山野を歩き回って修業していた若いころの空海をイメージした立像もあって、弘法大師への敬意は十分に伝わってくるのですが、「いかにも」という弘法大師伝説を強調しないのは自然体でいいなあと思いました。
次の第59番札所・国分寺までは6.1kmあります。仙遊寺でお参りを終えたのが午後3時15分でしたので、納経所が閉まる午後5時までに国分寺に着けるかどうか、ぎりぎりのタイミングでした。こんなこともあろうかと、今治駅のコインロッカーに大きなリュックを預けて身軽でしたので、国分寺まで行くことにしました。とにかく海に向かって進めばいいわけで、道には迷いませんでしたが、朝から行動しているので疲れがでてきたのか、小走りでいくつもりが早歩きにもならなかったようです。国分寺に着いたのは午後4時45分ぐらい。お参りを終えて納経所に飛び込んだのは午後5時ぎりぎりだったと思いますが、快く受け付けていただけました。
この日も長い一日となり、疲れがどっと吹き出してきたところで、最後にうれしいエピソードがありました。国分寺の境内には握手のできるお大師さまの像があり、参拝者に人気なのですが、そこで写真を撮っていたところ、「シャッター押しましょうか」と男性が声をかけてくれました。ご厚意に甘えて写真を撮っていただくうちに話が弾み、愛車のスクーターで近くの伊予桜井駅まで送っていただく展開に…。「たいしたことじゃ、ありませんよ」と言いながら、スクーターのアクセルを回してくれた男性は門前で地元名産の今治タオルを販売するお店で働いているそうです。見知らぬお遍路さんに対して、これほど自然なかたちで好意を表現できるなんて、やっぱり四国のお接待文化はすごいです。
ヘルメットを借り、スクーターに二人乗りして伊予桜井駅まで10分足らず。頬に当たる風が気持ちいい。駅前で御礼を伝え、写真を撮らせていただくと、男性は笑顔で合掌してくれました。お遍路さんは、本当にいろいろな経験をさせてもらえます。
【第18日 午後の部】
[歩いた日] 2016.10.18
[コース] JR松山駅前-太山寺-今治駅-延命寺-南光坊-仙遊寺-国分寺-今治市内
[天気] 晴れ
[歩行距離] 26.3km
[歩数] 3万3743歩
【利用した公共交通機関】
<伊予和気駅-今治駅>
JR四国 予讃線
伊予北条駅で乗り換え。特急しおかぜ12号利用。
料金 1,370円(運賃850円+特急料金520円)
URL http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/
<伊予桜井駅-今治駅>
JR四国 予讃線
料金 220円
URL http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/
<今治駅-ホテル バリ・イン>
タクシー
料金 1,220円
【お宿メモ】
[宿泊先]ホテル バリ・イン(旧:ホテル コスモオサム)
[宿泊費]5,250円(朝食付き)
住所: 愛媛県今治市中寺239-1
Tel: 0898-33-0909
URL http://bari-inn.jp/
山の上にある第58番札所・仙遊寺から第59番札所・国分寺に向かって下っていく遍路道の近くにあります。今治バイパス沿いなので、自動車があれば便利ですが、繁華街からは遠い。最寄り駅は伊予富田駅ですが、私は荷物を預けた今治駅からタクシーを使いました。気になったのは、洗面所とバスルームの水が飲用不可だったこと。ミネラルウォーターのペットボトル1本がサービスされました。