歩き遍路に鉄道と路線バスを適度に組み合わせながらマイペースで四国八十八ヶ所霊場を巡礼していた私にとって、鉄道とバスをどう使ったらいいのか、コース選択に大いに迷った区間が、第43番札所・明石寺(めいせきじ)から第44番札所・大寶寺(だいほうじ)につながるルートでした。明石寺のある愛媛県西予市(旧宇和町)から大寶寺のある愛媛県久万高原町を直接結ぶ鉄道や路線バスはありません。「歩く」という選択もありますが、歩行距離は約68kmもあるので少なくとも2日間は必要になります。それに内子町を出てしまうと久万高原町まで、歩き遍路たちが口コミで勧めてくれる宿も見当たりません。一方で、日程と予算の問題から、この区間にあまり時間をかけられないという事情もありました。
私が選んだのは、明石寺の最寄駅となるJR予讃線卯之町駅から鉄道で一気に松山駅に移動し、松山駅から久万高原行きのジェイアール四国バスに乗るというルートです。松山市のホテルに2泊して荷物を置いて身軽になり、久万高原町にある大寶寺と第45番札所・岩屋寺に往復するとともに、松山市周辺に点在する札所をなるべく効率よく回ろう、という計画を立てました。
松山から久万高原町行きの路線バスは平日8往復、休日6往復なので、バスダイヤにあわせて動くしかありません。私は午前6時30分にJR松山駅を出発する始発バスに乗りました。このバスはJR松山駅から松山市駅など市内各地に停車してお客さんを拾っていきますが、けっこう混み合います。始発バスに乗れるJR松山駅から乗車することをお勧めします。
第44番札所・大寶寺から第45番札所・岩屋寺は同じ道を往復しますが、こうした往復ルートを歩き遍路たちは「打ち戻り」と呼びます。私は当初、久万高原町から1日数本しかない伊予鉄南予バスの岩屋寺行きに乗り、岩屋寺から片道だけ古道を歩いて大寶寺に戻ってくるつもりでした。松山駅からバスを乗り継いで岩屋寺に行くには、ジェイアール四国バスをバス停「久万中学校前」で降り、隣接する伊予鉄南予バスの「久万」バス停留所から石鎚山の山麓にある面河行きに乗り換えます。
ところが、久万バス停に着いたところで、岩屋寺に向かう伊予鉄南予バスの朝便は休日のみの運行で、この日は平日なので利用できない、と知らされました。伊予鉄南予バスの時刻表をまとめたPDFファイルをiPhoneでみたつもりだったのですが、休日のみの運行という注意書きの▲マークに気づかなかったのです。あきらめて岩屋寺まで片道3時間を歩いて往復しようかと思いましたが、そこに松山から同じバスでやってきた女性のお遍路さんに話しかけられました。私と同じようにバスで岩屋寺に行くつもりだったそうです。
「岩屋寺まで往復を歩くと6時間ですね」と話すうち、「タクシーで行きましょう。料金は割り勘で」ということになりました。お遍路さんをスタートしてから「鉄道や路線バスを使っているのだから、せめてタクシーを使って楽をすることは避けよう」と考えてきた私ですが、もうこだわることをやめました。これも何かのご縁なのでしょう。電話でタクシーを呼び、わずか15分で岩屋寺の駐車場に着きました。歩けば片道3時間なのに、あっけないほど簡単です。料金は2,790円。女性のお遍路さんと割り勘にしました。
岩屋寺はその名の通り、巨大な岩に貼りつくように高低差の大きな境内が広がっています。険しい岩場で知られる奥の院の逼割禅定(せりわりぜんじょう)をはじめ、山岳霊場として長い歴史を持ちます。ルートの大半が海岸線を通る四国八十八ヶ所巡りのなかで、こうした内陸の山間部に入っていく霊場は、第12番札所・焼山寺や第20番札所・鶴林寺、第21番札所・太龍寺など数えるほどしかありません。背後に控える石鎚山とあわせて、このあたりは古くから四国の一大霊場だったということなのでしょう。
そのなかでも岩屋寺には、日本古来の自然信仰と密教が渾然一体となった独特の空気感があります。御本尊は、当然かもしれませんが、密教と修験者の双方から崇敬されている不動明王です。宗教民俗学者の五来重は著書「四国遍路の寺」のなかで、高知方面から石鎚山を目指す行者たちが、峠を越えて岩屋寺を経由して石鎚山に巡礼していくルートがあったはずだ、と指摘しています。四国八十八ヶ所のなかでも、岩屋寺は厳しい修行を求めたいにしえの行者たちの息づかいを特に濃厚に伝える霊場と言えるのではないでしょうか。
岩屋寺の山門をくぐると、いきなり急な石段が始まりました。石段は岩山の肌をひっかくように続き、息が切れたころに、お手水の水場があります。この湧水は冷たくて、とてもおいしい。水場の前には納経所があります。
まずは本堂と太子堂にお参りしました。背後の岩山と本堂や太子堂のコントラストが立派なのですが、きれいに写真を撮るのはなかなか難しいです。なにしろ岩肌にめりこむように御堂が建てられており、参拝用のスペースも限られているので、被写体となる御堂や岩との距離が短く、魚眼レンズでも使わないと1枚の写真にすべての図柄を納めることはできません。
木製の梯子を登って岩に掘られた窟をのぞいてみたり、弘法大師が掘ったとの伝説がある井戸を参拝する「穴禅定」など、岩屋寺にはいろいろな見どころがあります。
なかでも太子堂は一見の価値があると思います。大正時代に建てられた御堂ですが、伝統的な寺院建築に西洋風の装飾がうまく取り入れられていて、国の重要文化財に指定されています。説明書きによると、大師堂は明治31(1898)年の火災で焼失し、大正時代に地元の余土村(現在は松山市の一部)出身で当時は大蔵省臨時議員建築局技手だった河口庄一という人が設計監督となり、大工は窪田文治郎らが勤めたそうです。上代から続く修業場にモダン建築の太子堂を立てるなんて、大正時代のお寺関係者はずいぶん粋ですね。
無事にお参りと納経を済ませ、奥の院を経由して第44番札所・大寶寺に向かって歩き始めることにしました。
【第17日 午前の部】
[歩いた日] 2016.10.17 月曜日
[コース] JR松山駅周辺-久万高原-岩屋寺-浄瑠璃寺-石手寺-JR松山駅周辺
[天気] 晴れ
[歩行距離] 22.0km
[歩数] 2万9298歩
【利用した公共交通機関】
<JR松山駅-久万中学校前>
ジェイアール四国バス
料金 1,340円(平成29年4月1日改定)
http://www.jr-shikoku.co.jp/bus/businfo/rosen_matuyama/matuyama-otide.htm
<久万中学校前-岩屋寺駐車場>
タクシー
料金 2,790円(同乗したお遍路さんと割り勘)