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空海が眺めた空と海

最御崎寺の仁王門

 この日は鉄道とバスを使って室戸岬に進みます。室戸岬は青年時代の空海が修行した場所として知られており、その修業を終えて眼前に広がった空と海が名前の由来になったとも言われています。四国遍路にとっては象徴的な場所のひとつです。ただ、宿泊した日和佐から室戸岬に至る海岸沿いの道筋約80kmのうち、大半は自動車がビュンビュン走る国道55号線をたどることになります。歩道が狭くガードレールのない区間もかなり続きます。私は雨の日に藤井寺の手前で軽トラックに泥はねを飛ばされ、さんざんな思いをした経験から、自動車通行量の多い道を長時間歩くのがすっかり嫌になってしまっていたので、今回は鉄道とバスを選びました。

 鉄道の時刻表を調べると、JR日和佐駅から室戸岬方面に行くには、午前8時24分発海部行きの次は午前10時46分発の特急むろと1号になります。薬王寺にゆっくり参拝して、日和佐城を見学してから特急に乗ることにしました。

 日和佐は、古来「日和佐浦」として発達してきた港町に、厄除けの寺として人気を集めてきた第23番札所・薬王寺の門前町の性格が重なった歴史の豊かな町です。港町としては、大昔から海上交通の要衝で、平安時代には紀貫之が土佐国司の勤務を終えて京に戻る途中、海賊を避けながら風待ちをした舞台として「土佐日記」にも登場します。近年減少してはいますが、ウミガメが産卵にやってくる浜としても知られています。

日和佐城から俯瞰した日和佐の町並み。山すそに建つ第23番札所・薬王寺の瑜祇塔がランドマークになっています

 国道55号線に面した仁王門で一礼して薬王寺の境内に入ると、傾斜地で段差の多い地形に本堂や太子堂など多くの伽藍がぎっちりと建てられており、そうした建物を結ぶ参拝路には石畳や石段がきれいに敷き詰められていました。非常によく整備されていたお寺という印象です。ここの宿坊には温泉が併設されていて、お遍路さんにはよく知られている宿です。

 続いて、JR日和佐駅から入り江に沿った道をたどり、坂をしばらく登って日和佐城を訪ねました。鉄筋コンクリートの天守は、歴史的な城を再現したものではありませんが、上層階から眺める日和佐の展望はすばらしいものです。港から日和佐川の河口を少し遡った小高い丘にさきほど打ち終わった薬王寺があり、約50年前に弘法大師空海が四国八十八ヶ所霊場を開創してから1150年に当たることを記念して建てられたという瑜祇塔(ゆぎとう)が町のランドマークとして目に飛び込んできます。視線を海に移すと、ウミガメの産卵で知られる大浜海岸から続く海岸線が青空の下に広がっていました。

 遍路はかつて「辺路」と表記し、熊野詣の大辺路や中辺路のように、日本人が古代から抱いていた海洋信仰と深い関係があると、宗教民俗学者の五来重は著書「四国遍路の寺」(上下、角川ソフィア文庫)で強調していますが、この海から河口を経て薬王寺につながるパノラマは、四国遍路と海洋信仰のつながりが素直に実感できる景色に思えました。薬王寺の本尊は薬師如来ですが、四国八十八ヶ所にはこのように薬師如来を本尊とする寺が多く、それは薬師如来が海からやってきた仏さまという信仰があるからだそうです。私は焼山寺や太龍寺のようにアップダウンの激しい山道を黙々と歩くのが四国八十八ヶ所のお遍路さんらしい修行のかたちなのかと思っていましたが、五来の解説によると、焼山寺や太龍寺もすべて海洋信仰に関連があるそうです。そうした山深い札所にも、もともと海からもみえるように山頂部で炎を焚く信仰のかたちがあったと指摘しています。

 JR日和佐駅に戻り、鉄道とバスで室戸岬に向かいます。3つの列車を短い区間で次々と乗り継ぐので忙しいのですが、ローカル線ならではの旅情にあふれるコースです。
  日和佐駅-牟岐駅 JR牟岐線 特急むろと1号(1駅分)
  牟岐駅ー海部駅  JR牟岐線 普通列車(4駅分)
  海部駅-甲浦駅  阿佐海岸鉄道 阿佐東線(2駅分)
 乗車時間は3つの列車を合計して約50分間でした。

 甲浦(かんのうら)駅から高知県に入り、バスに乗り換えます。室戸岬手前の室戸世界ジオパークセンターに着いたのは、12時30分ごろ。日和佐駅から合計で2時間足らずでした。

青年時代の空海が虚空蔵求聞持法を修業したと伝わる御厨人窟。平安時代はすぐ前が波打ち際だったとみられます

 薬王寺から室戸岬の最御崎寺まで約80kmあるので、歩き遍路なら2日間か3日間かかる距離をたった2時間で移動したことになります。この遍路道は海岸沿いの単調なルートですが、単調だからこそ、歩き続けることでみえてくるものがあると話してくれたお遍路さんもいました。次の機会には、ぜひ歩き通してみたいと思います。

 室戸世界ジオパークセンターは使われなくなった小学校を活用した施設です。お金はそれほどかけているようにはみえませんが、展示内容はよく工夫されています。室戸岬は沖合の海底でプレートがぶつかっているために大地が激しく隆起しており、地殻変動の最前線としてユネスコの世界ジオパークに指定されているのですが、ジオパークセンターではそうした地殻変動の仕組みがわかりやすいパネルや映像で説明されていました。室戸岬の隆起がどのくらい激しいかというと、例えば、空海が活躍した1200年前から現在までに約6mも大地が隆起しているそうです。

 青年時代の空海が虚空蔵求聞持法を修行したと伝わる海食洞窟の御厨人窟は、崩壊の恐れがあるということで洞窟の前に柵が建てられ、立ち入りが制限されていました。いまは国道沿いであって海岸線から100m以上の距離がありますが、平安時代の室戸岬は地殻変動のために現在よりも約6m高いところに海面があったわけですから、御厨人窟は波打ち際にあったことになります。

御厨人窟近くの岩浜。空海が名前の由来とした空と海は、どのような色合いだったのでしょうか

 修行を終えた空海が御厨人窟から外に出たときに眺めた空と海は、いまの国道越しの景色とはまったく違ったはずです。空海の眼前には限りなく大きな空と海が波打ち際に広がっていたことでしょう。こう考えると、1200年前から現在までに約6mも大地が隆起したという室戸岬の地殻変動は、相当劇的なものに思えてきました。

 御厨人窟から山道をしばらく歩いて登ると、第24番札所・最御崎寺(ほつみさきじ)に着きました。山門の手前を少し下ると、舗装された道が室戸岬の灯台につながっています。太平洋に突き出した岬の突端だけに、黒潮が流れる水平線が遠くに緩やかな弧を描いていました。

最御崎寺の仁王門。室戸岬の灯台が近い

 きょうの宿は、歩き遍路のなかで評判のいい民宿「うまめの木」です。最御崎寺からヘアピンカーブの車道を一気に下り、海風が吹き付ける集落に入ると、すぐに見つかりました。

【第7日】
[歩いた日] 2016.10.7
[コース]  薬王寺-日和佐城-室戸世界ジオパークセンター-御厨人窟-最御崎寺-うまめの木
[天気]     晴れ
[歩行距離]   9.7km
[歩数]          1万3101歩

【利用した公共交通機関】
 <JR日和佐駅-JR牟岐駅>
 JR四国 特急むろと1号
 料金 運賃290円+特急券320円
  http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/
 <JR牟岐駅-JR海部駅>
 JR四国 牟岐線
 料金 260円
  http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/
 <JR海部駅-甲浦駅>
 阿佐海岸鉄道 阿佐東線
 料金 270円
  http://asatetu.com/
 <甲浦駅-室戸世界ジオパークセンター>
 高知東部交通
 料金 1340円
  http://www.tobukoutsu.net/
 <室戸世界ジオパークセンター-岬ホテル前>
 高知東部交通
 料金 400円
  http://www.tobukoutsu.net/

【お宿メモ】
[宿泊先]うまめの木
 高知県室戸市室戸岬町4103
 Tel: 0887-22-4806
  http://umamenoki.com/
[宿泊費]7000円(お遍路さん割引で200円オフ)
 新鮮な地元の魚を刺身や焼き魚など食べさせてくれる人気の民宿。風呂は宿泊者1組ごとにお湯を入れ替えるそうで、宿泊客が到着するとすぐに沸かしてくれました

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