サイトアイコン お遍路オンライン

玉ヶ峠を越えバスに乗る

もやが立ちこめる玉ヶ峠。苔に包まれた石仏や石段が厳かな雰囲気だった

 第12番札所・焼山寺から5kmほど降りてきた鍋岩地区にある善根宿すだち館で過ごした一夜が明け、起床は午前5時30分。朝日を浴びる田んぼを眺めながら朝食をいただき、午前7時10分に出発しました。きょうは徳島市の中心部まで進みたい。

 今回で4回目の遍路旅となるオーストラリアのリズさんは、バスを乗り継いで第13番札所の大日寺に向かうそうです。地元の神山町が運営しているバスは本数が少なく、しかも大日寺に向かうには途中の役場前で乗り換えなければなりませんが、リズさんはそのへんの事情をよくわかっていて、さすが4回目という感じです。私が向かう玉ヶ峠についても「途中で登り坂がきつくなってくるけど、そんなに長くは続かないから、ゆっくり登ればいいよ」と教えてくれました。

 私は峠越えの道に向かって歩き出します。集落から離れて山道に入ると、山あいを巻きながら徐々に高度をあげ、昔ながらの峠道という風情になってきました。リズさんの言うとおり登りがきつくなって汗が噴き出してきたころ、休憩中の外国人カップルに追いつきました。二人は30歳代前半ぐらい。男性はオーストラリア南西部でIT関連の会社を経営しており、テント泊とホテルを併用しながら徒歩で四国八十八ヶ所を回っているそうです。「リズさんに会いましたか」と聞かれたので、「一緒に日帰り温泉に行って、楽しかったですよ」と話したら、「あのひと、話が面白いよね」と声をあげて笑っていました。

 遍路道を歩いていると、白衣や菅笠で身を固めた外国人のお遍路さんをよく見かけます。平日には日本人よりも外国人のほうが多いように感じるときもあるほど。国籍はさまざまで、台湾や中国、ベトナム、タイなどのアジア系のほか、イタリアやフランスなどの欧州系も多い。オーストラリアの人たちもよくみかけまし。

 リズさんによると、外国人のお遍路さんが一番苦労するのは、宿探しだそうです。歩き遍路の場合、天候や体調次第で歩ける距離が変わってくるので、数日先まで予定を決めて宿泊先を予約することは難しい。だから、どうしても前日か当日に電話やインターネット経由で宿に連絡をすることになりますが、遍路道に沿った旅館や民宿、宿坊などではインターネット経由で予約できる宿はそう多くありません。そのうえ、外国人が宿泊を予約しようとしても、都市部以外では英語が通じないことが多い。

 リズさんは「四国の人たちは親切だけど、外国人が宿を探すのはとても大変です。電話口で英語で話そうとしたら『No! No!』と言いながら切られちゃったこともあった」と話していました。宿の予約ができないため、歩き続けてたどりついた場所から英語が通じる宿まで鉄道で行き、翌朝再び鉄道で戻って歩き遍路を再開したこともあると言っていました。

 困ったときには、スカイプ経由でオーストラリアにいる日本人の奥さまに連絡をとり、電話口で説明してもらうこともあるそうです。そんな苦労をしながらも、四国遍路に挑戦する外国人は年々増えています。インバウンド観光の時代ですから、四国八十八ヶ所でももうちょっと外国人がお遍路さんをやりやすいように工夫した方がいいのかもしれません。

苔に包まれた玉ヶ峠の石仏や石段。もやが立ちこめ、厳かな雰囲気が漂っていました

 急登の山道から林道に出ると、あたりに霧が立ち込めてきて、すぐに玉ヶ峠に着きました。もやのなかから苔に包まれた石仏や石段が浮かび上がり、なんだか厳かな雰囲気に満ちていました。

 玉ヶ峠では、道路を挟んで石仏の反対側には豊富な湧き水があふれている水場があり、思わず顔を洗わせてもらいました。ひんやりしていい気持ちです。ただ、水場に隣接した平屋に掲げられた看板が気になりました。「この庵での宿泊はご遠慮願います。巡礼の無事をお祈りします。府中地区」と墨書されていました。地元の方々は「無断宿泊お断り」「野宿禁止」といった意味合いをなるべく優しい言葉で訴えようとしているらしく、お遍路さんへの心配りが伝わってきます。その一方で、歩き遍路の野宿は地元の方々に相当な迷惑をかけているんだろうな、と痛々しい気分になりました。

 玉ヶ峠から先は舗装された坂道をどんどん下ります。途中で視界が開け、鮎喰川の流れに沿って点在する集落がきれいに見えました。峠から30分頬歩いたところで四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクトが設置した「遍路小屋36号神山」を発見。景色もいいので、また休憩することにしました。このプロジェクトは遍路道のあちこちに地権者の協力を得て遍路小屋を整備するボランティア活動だそうです。ここでは1階部分には水洗トイレがあってとても助かりました。

 緩やかな下り坂が続き、やがて鮎喰川の川べりにある阿川という集落に着きました。自動販売機でよく冷えたスポーツ飲料を買い、ほっと一息。もともと都会であまり歩かない暮らしをしてきたうえ、昨日の焼山寺越えの疲れが残っているためか、ついつい休んでばかりで歩く速度がなかなかあがりません。

 鮎喰川にかかる橋をわたり、田んぼの中を歩いていると、浴衣姿のおばあさんと女の子をかたどった人形が道ばたに腰掛けていました。等身大の大きさで、夕涼みをしている二人のたたずまいがとってもリアル。目が合ったような気がして、ギクリとします。「阿川のかかし」というらしい。わずかな登りで駒坂峠を越え、ひと一人分の道幅になっている細いコンクリート製の橋で再び鮎食川を渡り、再び車道を歩きます。

浴衣姿のおばあさんと女の子のたたずまいがとってもリアルな「阿川のかかし」

 このあたりで、私としては、一大決心をしました。このまま四国八十八ヶ所すべての行程を徒歩で回るか、それともある程度は公共交通機関を利用していくかー。遍路旅は本来、歩いて霊場をたどるものだというイメージがあったので、正直なところ、公共交通機関を使うことにはかなり抵抗があります。一方で、連日の疲れもあって歩く速度は上がらないし、このままだと今日のうちに当初予定していた徳島市の中心部にたどり着けそうにありません。それに、一昨日、雨の車道を歩いていて、軽トラックに泥はねを全身にかけられたショックがまだ癒えなくて、交通量が多くて歩道のない車道を歩くこと自体が嫌になっていました。

 もともと誰かと比べるわけではないのだから、今日のうちに徳島市の中心部に着く必要はないし、きょうは雨も降っていないので泥はねを飛ばされる恐れもありません。それなのに、どうにも気持ちに余裕がない。せっかく、自然が豊かで歴史の重みも感じられる遍路道を歩き、たくさんの人から思いやりもいただいているのに、自分の気持ちはとげとげしい状態でした。他人から見ればたいしたことではなくても、自分にとっては肉体的にも精神的にもテンパっていて、自分なりのペースやバランスがつかみ切れてない。だから、苦しい。大げさな言い方になってしまうけど、遍路旅って、やっぱりその人の人生観に通じるところがあります。

 そんなことを考えているうちに、バス路線のある広野に着きます。バスの本数は少ないが、時刻表を確かめると、あと20分ほどで次のバスが来る。ここで四国八十八ヶ所のすべてを歩き通すという当初の目標をあきらめ、バスに乗ることに決めました。

 午前11時40分ごろ、第13番札所・大日寺に最寄りの一宮札所前バス停に着きました。広野から約6km。歩けば1時間半くらいかかる道のりなのですが、バスに乗ると15分ほどで実にあっけなかったです。

 まずは、大日寺の前に、一宮神社に参拝。遍路姿で柏手を打つのにちょっと違和感がありました。ただ、四国八十八ヶ所霊場には、もともと神仏混淆の寺社が多く、むしろ寺社の両方を大切にするのが古来の日本人の感覚になじむような気もします。大日寺から第14番札所・常楽寺、第15番札所・国分寺、第16番札所・観音寺、第17番札所・井戸寺に歩いて回ったところで夕方になりました。

 井戸寺を打ち終わってJR徳島線の府中駅へ。この地名は難読で、「府中」と書いて「こう」と読むそうです。鉄道でJR徳島駅に着き、夕食は地鶏料理店で阿波尾鶏を食べました。遍路旅に出てから初めて飲んだビールは、文字通り五臓六腑に染み渡るおいしさ。こんなことをするうちに、四国八十八ヶ所を巡礼する自分のペースがつかめてくるのかもしれません。この日は徳島市中心部のビジネスホテルに泊まり、爆睡しました。

 

【第4日】
[歩いた日] 2016.10.1
[コース] すだち館-玉ヶ峠ー阿川ー駒坂峠-広野ー(バス)ー大日寺―井戸寺-(鉄道)ー徳島市中心部
[天気] 曇り時々晴れ
[歩行距離] 30.3km
[歩数] 4万665歩

【利用した公共交通機関】
 <広野バス停-一宮札所前バス停>
 徳島バス神山線
 料金 380円
 http://tokubus.co.jp/wptbc/routebus/
 <JR府中(こう)駅-JR徳島駅>
 JR四国徳島線
 料金 220円
 http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

【お宿メモ】
[宿泊先]徳島ワシントンホテルプラザ
     徳島市大道1-61-1
      088-653-7111
     http://washington.jp/tokushima/
[宿泊費] 5,660円(素泊まり)
  清潔感のあるホテル。ただ、コインランドリーが1台しかなく、宿泊客の奪い合いになったため、近くのコインランドリーで済ませた。

モバイルバージョンを終了