水軍の神を祀ってきた霊場

 しまなみ海道の四国側の玄関口として知られるようになった愛媛県今治市には、四国八十八ヶ所の札所が6つ集中しています。札所8つも集まっている松山市には及びませんが、今治市もお遍路さんとの関係が深いエリアです。しかも、今治市の場合、6つの札所の距離が比較的近く、札所間の移動は路線バスや鉄道を使うよりも、歩く方が効率よく回れます。

 今治駅で特急しおかぜを降り、まずは第54番札所・延命寺を目指します。松山方面から鉄道で延命寺に向かうときには、今治駅の手前の大西駅で降りて4.2km歩くこともできますが、大西駅に停車する各駅停車への連絡が悪かったので、今治駅まで特急列車で移動し、約3kmほど戻ることにしました。今治駅から延命寺方向には路線バスもありますが、運行スケジュールがなかなか合いません。バス待ちはあきらめました。

 ところが歩き始めてみると、途中の丘陵地帯に広がる墓苑の周りで道がわからなくなって…。図らずも部分的に逆コースを回る「逆打ち」になったわけですが、いつも頼りにしてきた遍路道の案内板がまったくありません。わずかな距離ながら「逆打ち」の難しさが思いやられました。

 道に迷ってしまったので丘陵部からバス通りに降りてそのまま歩き、今治駅から約45分ほどで延命寺に着きました。境内にはバスツアーの団体お遍路さんも多く、参拝者で賑わっています。

第54番札所・延命寺は、地元の人々に親しまれている霊場のようだった

 この延命寺はかつて寺の後背地にあたる標高244mの近見山に多くの伽藍が広がっていたそうですが、何度も火災に会い、江戸時代に近江山麓の現在地に移転したとのことです。元々は山寺なのかもしれませんが、いまではすっかり里に溶け込んでいる雰囲気です。納経所の隣りにある売店も充実していて、地元の人々やお遍路さんに親しまれている様子が伝わってきました。

 次の札所となる第55番札所・南光坊は、今治駅近くまで戻り、そのまま予讃線の線路を海側に越えた市街地にあります。しまなみ海道の途中にある大三島に、伊予水軍が崇めた大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)という立派な神社がありますが、南光坊はその別当寺として寺の歴史が始まったそうです。宗教民俗学者の五来重は著書「四国遍路の寺」(上下、角川ソフィア文庫)で、もともとは大山祇神社が札所だったはずで、大三島に船で渡るのは大変だから今治の海に近いところに別当寺を置いて、そこを札所にしたのだろう、と指摘しています。

 蛇足ながら、大三島は古来、瀬戸内海の要衝で、大山祇神社は必勝祈願に歴史上の人物が多数参拝しています。そのときに奉納された宝物を集めた大山祇神社の紫陽殿と国宝館は、歴史好きにはたまらない博物館です。なにしろ7世紀に白村江の戦いに九州まで出陣した斉明天皇が奉納した鏡とか、源義経の鎧に、弁慶が振り回した長刀の刃などが国宝や重要文化財がずらりと並んでいます。

第55番札所・南光坊は今治駅にほど近く、ひらけた市街地にある

 こうした宝物を伝える大三島と大山祇神社のかつての勢いを想像すると、海辺の巡礼地が多く、海洋信仰の要素も感じられる四国八十八ヶ所巡礼のルートに、この大三島と大山祇神社が含まれていたはずだという五来の指摘には説得力を感じます。南光坊はそうした瀬戸内海と四国八十八ヶ所の関係を考えさせてくれる札所です。

 南光坊の納経所では、たまたまご住職が自ら納経を受け付けていました。ちょうど団体客が途切れたタイミングで、聞かれるままに私の現住所をお伝えすると、納経帳に貼りつけるネームを墨痕鮮やかにさらさらと書いてくれました。おかげさまで第1番札所・霊山寺の売店で購入した私の納経帳は、ぐ~んとグレードアップ。感謝の気持ちをお伝えして、南光坊を打ち終わりました。

【第18日 午前の部<2>】
[歩いた日] 2016.10.18
[コース] JR松山駅前-太山寺-今治駅-延命寺-南光坊-仙遊寺-国分寺-今治市内
[天気] 晴れ
[歩行距離] 26.3km
[歩数] 3万3743歩

【利用した公共交通機関】
 <伊予和気駅-今治駅>
 JR四国 予讃線
 伊予北条駅で乗り換え。特急しおかぜ12号利用。
 料金 1,370円(運賃850円+特急料金520円)
 URL   http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

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