カメラが戻ってきた話

 歩き遍路をやっていると、ちょっとした気の緩みで忘れ物をしてしまうことがあります。私の場合、よく忘れるのが金剛杖。札所や宿に置き忘れたまま歩き出し、しばらくして気づいて取りに戻ることも何度かありました。2巡目の歩き遍路では、徳島駅前から第18番札所・恩山寺に向かって歩きはじめ、30分くらいして気づいたこともあります。往復で1時間くらいかかってしまうので、スケジュール的には結構しんどいことになるのですけど、これも歩き遍路の「行」(ぎょう)のひとつと思って、気を取り直して再び歩き始めることになります。

 でも、今回の忘れ物はショックでした。12月25日朝、高知市内のホテルで荷物をまとめ、チェックアウトしようとしたところで気づきました。「愛用のカメラがない!」。思わず、血の気がひきました。

 前日の夕暮れ時に、第30番札所・善楽寺から第31番札所・竹林寺に続く遍路道を歩き、とさでん交通の文殊通駅で路面電車に乗り込んだとき、首にかけていたカメラを外して座席に置いたところまでは覚えていました。それから疲れて眠ってしまい、はりまや橋に着いたのに気づいて、あわてて電車を降りて…。そのあと、カメラをみた記憶がありません。とりあえず、とさでんに電話してみました。なくなっちゃったかもしれないなあ、と思いつつ、「カメラの忘れ物は届いていませんか?」と聞いてみると…。

無事に手元に戻った愛用のカメラです。

 「白いカメラでしょ」。電話口の男性は、即答してくれました。「事務所にありますよ。桟橋車庫前駅の近くですから、取りに来てください」

 まるで私の電話を待っていたかのような応対でした。カメラのような貴重品でも、忘れ物が持ち主に戻るのはさも当然という感じなんです。東京だったらどうだろう、と思わずにはいられませんでしたよ。私が置き忘れたカメラに運転士さんが気づき、事務所で保管していてくれたそうです。乗客の方が運転士さんに教えてくれたのかもしれませんが、詳しいことはわかりませんでした。

 こうした温かい対応は、どこか四国のお接待文化に通じていると思います。自分の失敗があり、それが思いもよらない展開でカバーされていく。お遍路さんをやっていると、こういう経験がときどきあります。そんなとき、やっぱり何かの力が働いているような気がしてしまいます。トラブルを起こしてしまったのに、それによって四国遍路の新たな魅力を発見したような体験です。遍路旅は不思議ですね。
 とさでんの社員と乗客のみなさん、ありがとうございました。

とさでん交通の桟橋車庫。まるで路面電車の展示場みたいです。

 この日は午前中に竹林寺に向かって歩き、午後の飛行機で東京に戻る予定でしたが、忘れ物騒動のおかげで歩き遍路は取りやめ、残った時間で高知県立美術館に立ち寄りました。

 この美術館には高知の写真家、石元泰博さんのコレクションがあって、それが目当てだったのですが、ちょうど浮世絵師の月岡芳年展も開催中でした。石元さんの展示はシカゴ建築の特集で、緊張感のある写真がずらりと並んでいました。黒がきっちりと引き締まったモノクロ写真は、やっぱりカッコいいですね。こういう幾何学的な構図の延長線上に石元さんの代表作である桂離宮の写真があるのだなあ、と実感できました。

 芳年展は大変充実した展示です。芳年がこれほどの実力者で、かつ一種の狂気を感じさせるところからも、北斎に勝るとも劣らない存在感がありました。たっぷり楽しんで、空港に向かいました。

 飛行機からは前回歩いた室戸岬が眼下に広がっていました。

飛行機の窓から室戸岬が眼下に広がっていました。

[歩いた日]2018.12.25

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