神仏混淆掲げる古社と札所

 この日はまず、前日に回りきれなかった四国八十八ヶ所第64番札所・前神寺に向かいます。宿泊した西条アーバンホテルは上層階に大浴場があったので、久しぶりに足を伸ばして風呂に入り、ぐっすり眠りました。お遍路さんをやっていると、毎日よく歩いているので、眠りがとても深くなります。

 伊予西条駅から鉄道で1駅戻った石鎚山駅から前神寺に向かって歩き始めると、石鎚神社の前を通ります。前神寺はもともと別当寺として石鎚神社の敷地内にあったのに、明治時代の神仏分離令によって無理やり引き離され、いったんは廃寺されるという憂き目にあっています。そんな経緯も頭に置きつつ、先に石鎚神社に参拝しました。

 石鎚神社の境内は谷に沿って奥行きがあります。参道を歩くと行き止まりに泉が湧いている池があり、修験道の開祖で石鎚山を開山したとされる役小角(役の行者)の石造が置かれていました。すぐわきの急な石段を登ると見晴らしのいい高台にあがります。そこに石鎚神社の立派な本殿がありました。私が着いたときは、神職のみなさんがちょうど朝のお勤めとして祝詞をあげているところでした。厳かな立ち居振る舞いをみていると、見ているだけで引き締まった気持ちになります。

 本殿のある高台からは瀬戸内海に向かって雄大な眺めが広がっていました。海から山に向けて吹き上がってくる風がとても気持ちよく、海と山をつなぐ霊場にふさわしい立地です。御祭神は国産み神話に登場するイザナギとイザナミの第二皇子という石鎚大神で、石鎚山そのものをご神体と仰いでいます。祈願の作法も、一般的な神社の二礼⇒二拍手⇒一拝ではなく、本来は二礼⇒二拍手⇒心中祈願⇒二拍手⇒二拝となるそうです。真ん中に心中祈願があるものの、出雲大社や宇佐神宮と同じくように手を打つ回数は四拍手というのが、いかにも独自の歩みを持つ古社という印象でした。

石鎚神社の本殿では、浸食が集まって朝の礼拝が厳かに行われていました

 境内の説明板によると、明治時代の神仏分離令で大揺れに揺れた石鎚神社は、その後、「神仏混淆の信仰の為、宗教法人『石鎚本教』を創立」したそうです。「日本、ハワイ、ブラジルに、教会、遥拝所、約一六〇ヶ所。先達は約九万人、教師は約三千、信徒百万を擁す。」と書いてありました。これほどはっきりと神仏混淆を標榜している神社はあまりないように思います。

 四国八十八ヶ所を歩くうちに、神仏習合の宗教観が自然信仰を背景とした日本人の宗教観にいかに素直になじんでいるかを実感できたので、神仏混淆を堂々と宣言している石鎚神社の姿勢はよく理解できました。毎年7月1日から10日間続くお山開きには、数万人の信徒が石鎚山に登るそうです。

 石鎚神社のすばらしい立地に比べると、前神寺はやや地味な印象ですが、それでも奥行きのある境内は石鎚山に続く山並みに連なっていて、明治時代にいったんは廃寺に追い込まれたとは思えないほど信仰の厚みを感じさせてくれます。説明板によると、ここは石鎚山の東の遥拝所で、石鎚派修験道の本山とのことです。本堂の近くには石鉄権現堂の石鳥居があり、ここでも神仏混淆がごく当たり前の姿になっているようでした。

第64番札所・前神寺の本堂は石鎚山に連なる山々を背景にどっしりした姿でした

 石鎚神社と前神寺をお参りして、お遍路さんの団体を引率している先達さんたちの話が聞こえてくるなかで、ちょっと気になる内容がありました。人間の体内では水が数日で一巡して新たな細胞を作るので、人間は常に清らかに再生されている、という考え方が仏の教えとして語られているのです。人体の60%は水分だといいますから、そういう発想もわかります。

 気になったのは、この発想が「清らかな水が穢れを払う」という神道の考え方と、とてもよく似ていることでした。山岳信仰とともに育まれた修験道でも同じような言い方を仏の教えとしているそうですから、こういう発想こそ、神仏習合の宗教観の現れなのかもしれません。

前神寺の本堂は、お遍路さんの点した灯明がずらりと並んでいました

 

【第20日 午前の部】
[歩いた日]2016.10.20
[コース] 伊予西条駅-石鎚神社-前神寺-伊予三島駅-三角寺-観音寺市
[天気] 晴れ
[歩行距離] 18.2km
[歩数] 2万4047歩

【利用した公共交通機関】
 <伊予西条駅-石鎚山駅>
 JR四国 予讃線
 料金 210円 
 URL http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

 

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