高野山点景:大門は結界のシンボル

 四国八十八ヶ所の巡礼を終えたお遍路さんは、高野山にお参りするのが慣例です。まずは高野山金剛峯寺の入り口にそびえる大門。ふもとの九度山や丹生都比売神社から町石道(ちょういしみち)という古道を通って登ってくると、高野山に着いたところにドーンと建っていいます。ここから高野山のメーンストリートがスーッと伸びていて壇上伽藍や奥の院に通じています。

 現在では高野山にくるほとんどの参拝客がケーブルカー駅からバスで直接高野山の中心部にいくので、大門をくぐらないことも多いかもしれません。現在の大門は18世紀の江戸時代に再建されたものだそうで、左右には巨大な金剛力士像が安置されています。

高野山の表玄関となる大門。高さ25mの威容を誇っています

 高野山は開創のときに弘法大師空海が結界を張った聖域です。当時は現在の大門のある位置から少し下ったところに鳥居があり、そこから結界とされたそうですが、現在は大門が結界のシンボルになっています。明治初期に女人禁制が解かれるまで、女性参拝者はこの大門までしか入ることを許されませんでした。壇上伽藍や奥の院にお参りできないため、大門をくぐって高野山の街並みを望み、続いて大門から結界の境に沿って左右に続く女人道を周回して聖地に祈りを捧げたそうです。 

 私は大門の威容をみながら、ふと夢枕獏の伝奇小説「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」が頭に浮かび、「この大門を建てた江戸時代の職人たちは、空海が活躍した唐代の長安に想いを馳せたのかもしれないなあ」などと勝手に妄想していました。

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ一 (角川文庫)

 

[歩いた日] 2016.10.27

 

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