秋祭りの吉良川 伝統の街並みを歩く

 高知・室戸岬の一帯は秋祭りが盛んな地域で9月下旬から10月にかけてあちこちの町で地域色豊かなお祭りが催されます。室戸市は1959(昭和34)年に5町村が合併して市になったのですが、お祭りはそれぞれの歴史を持つ町村単位でいまも行われています。

 そのなかでも吉良川町は伝統的な街並みとお祭りで知られて、偶然私が遍路旅で通りかかった土曜日は秋祭りの当日でした。さぞかし大勢の見物客がいるのかと期待していたのですが、予想外に閑散として肩透かしをくった感じでした。祭り気分が盛り上がらないのは、なんといっても天気のためです。この日は遠くにいる台風が秋雨前線を刺激して、大粒の雨がときどき強く振り出したりして、生憎の空模様でした。

 雨がいったんやんだので、ともかく祭礼の中心となる御田八幡宮をのぞいてみました。白装束の若衆がお祭りの幟(のぼり)を掲げる作業を行っていて、本殿の軒先に置かれた祭り太鼓がトントトンと打ち鳴らされています、境内には焼きそばや綿あめの屋台が出ていましたが、こちらも開店準備中でした。

秋祭りの当日、御田八幡宮の参道に幟を掲げる若衆たち。空模様が気がかりです

 昼食時になったので近くのうどん屋さんできつねうどんをすすりながら、お店のおかみさんに様子を聞いてみました。その話や説明書きの内容をあわせてみると、吉良川町は昔から林業が盛んで、良質な木炭や薪がとれたことから「土佐備長炭」の積み出し港として栄えてきた歴史があり、御田八幡宮のお祭りは、かつては備長炭作りやその運搬を仕事にしていた人たちが大勢参加して、荒々しくも賑やかなお祭りだったそうです。

 お祭りの見せ場は、御神輿を先頭に、きれいに飾り付けられた「花台」と呼ばれる山車が練り歩くところ。特に、秋祭りでは、夕闇の中、御田八幡宮に集まった花台の提灯に明かりがともされ、その山車を男衆がぐるぐる回転させる「チョウサイ舞」が行われ、お祭りはクライマックスを迎えます。以前は地区ごとに対抗意識を燃やしながら山車をぐるぐる回してけが人がでたり、気の荒い職人たちがケンカしたり、いろいろドラマがあったらしい。

 「私が子供のころはね、お祭りに集まる職人さんのなかには、かっこいい男がいてね。娘さんたちが、その職人さんを追いかけたりして。本当に賑やかで、お祭りがくるのを楽しみにしてたんだよ。いまじゃあ、若い衆はみんな都会にいっちゃって、祭りのときだけ、近くの町から応援に来てもらうの。昨年の祭りには、私の息子も孫を連れて帰ってきてくれたんだ」

 おかみさんはとっても楽しそうに少女時代を振り返りながら、吉良川の秋祭りの様子を話してくれました。もともと、お祭りを目当てに吉良川町にきたわけではありませんでしたが、こんな面白い話を聞いているだけで私も楽しくなってきました。

 ただ、花台は紙で作られた提灯や桃色の紙を細く切って束ねた飾りで装飾されており、とにかく雨に弱いそうです。だから、この日の午前中は山車の練り歩きが取りやめになり、このままだと夜祭の呼び物となるチョウサイ舞も中止になりそうだ、とおかみさんは話してくれました。

 雨もあがってきたので、おかみさんに御礼を言って、街を散歩してみることにしました。黒潮が打ち寄せる浜に面した吉良川では、台風などの強い雨風に耐えられるよう、独特の建築技術が発達した経緯があります。それが土佐漆喰を厚く塗ったユニークな白壁と、その白壁の中間に水の流れを分散させる「水切り瓦」をつける工夫であり、半分に割った丸石を積み上げた「いしぐろ」と呼ばれる石垣に現れているのです。こうした伝統的な建築の多くは林業が盛んだった明治から昭和初期にかけて建設されたもの。街のメーンストリートや路地のあちこちでいまも使われているため、吉良川町を散歩していると、ちょっとタイムスリップしたような気持ちがします。こうしたユニークな建築への評価は高く、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

 そんな伝統的な街並みを歩くうちに、本日の宿となる蔵空間茶館に着きました。オーナーが代々受け継いだ町屋をカフェと宿泊施設に改装したもので、外観は土佐漆喰に水切り瓦のついた吉良川町独特の建築です。引き戸の立派な門を通って敷地内に入ると、広い中庭がありました。外からはまったくわからない構造になっていますが、母屋のほかにもいくつか棟が建っています。これほどの町屋を構えるとは、かつて商家として相当繁盛したに違いありません。靴をぬぎ、畳の部屋に通され、縁側に腰を掛けると、なんだかとても懐かしい気分になりました。

畳と障子に縁側-。懐かしさが湧き上がってくる蔵空間茶館の部屋

 蔵空間茶館の客室には、エアコンなどの空調設備がまったくありません。当然ながら、窓にはサッシもありません。この日は湿度96%だったので、外を歩いていると肌がじっとりと湿ってしまうほどで、都会でこんな状態になったらすぐにエアコンを効かせて除湿したくなるでしょう。でも、こうした旧家の軒先で窓を開け放ち、静かな風に吹かれていると、だんだん汗が収まってきました。この町屋は、吉良川の風土にあわせて工夫された建築なのだと思います。ちなみに網戸もないので、夜は布団の周りに蚊帳を吊って寝ることになります。

 そんな古民家でゆったり過ごしていると、外から祭囃子が聞こえてきました。雨があがったので、山車が街中を練り歩きはじめたようです。せっかくの機会なので、カメラを片手に山車を探してみることにしました。通りにでると、子供たちが歓声をあげながら山車に向かって走っていくのがみえました。

いったん雨が上がり、山車が吉良川の街中に繰り出してきました。角を曲がるときには若衆が力を振り絞ります

 山車は、小さな木製の車輪がついていて、男たちが左右から押すようにして進んでいきます。お囃子の鐘と笛が響き渡る中、男たちは掛け声をかけ、気勢をあげます。山車はあちこちの細い路地にも入っていくのですが、カーブを曲がるハンドルがないので、通りの角にさしかかるたびに車輪の下に板をさしこんで滑りやすくして、あとは男たちが力づくで山車を曲げていました。この山車を動かすのは相当な力仕事です。

 御田八幡宮の境内で行われる山車のチョウサイ舞は、やっぱり中止とのことでしたが、吉良川の伝統的な街並みを山車が練り歩く姿を見ることができて、遍路旅でたまたま通りかかっただけの私もすっかり楽しい気分にさせてもらいました。

 翌日、私は第27番札所・神峯寺に向かいましたが、吉良川町では、昼過ぎから晴れ間が広がり、秋祭りが賑やかに行われたそうです。桃色の花飾りをつけたいくつもの山車が街中を練り歩いてから浜辺で神事を行い、夜には御田八幡宮の境内でチョウサイ舞が華やかに行われた、と地元ニュースが報じていました。
  

 室戸市観光協会「伝統の祭り」
 http://www.muroto-kankou.com/category/nature/festival/

【第8日 午後の部】
[歩いた日]2016.10.8
[コース]うまめの木-(バス)-室戸-津照寺-金剛頂寺-キラメッセ-(バス)-吉良川-蔵空間
[天気] 晴れときどき強い雨
[歩行距離] 12.1km
[歩数] 1万7484歩

【利用した公共交通機関】
 <東坂本-室戸>
 高知東部交通
 料金 340円
 http://www.tobukoutsu.net/

 <キラメッセ-吉良川>
 高知東部交通
 料金 300円
 http://www.tobukoutsu.net/

【お宿メモ】
[宿泊先]蔵空間茶館
 高知県室戸市吉良川町甲2234
 Tel 0887-25-3700
 http://www3.inforyoma.or.jp/sakan/
[宿泊費] 8,500円(2食付)
 漆喰壁の旧家を活用したカフェ&宿泊施設。国の重要伝統的建造物群保存地区にあり、エアコンのない古民家の暮らしを楽しめます。夜は虫よけとして昔ながらの蚊帳を吊って寝るのが新鮮でした。

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