高知平野を快調に歩く

 この日は重たいリュックサックを高知市中心部のホテルに置き、朝から歩けるだけ札所を歩いて、夕方に同じホテルに戻ってくる周回ルートを試みました。歩き遍路は基本的に一筆書きルートで札所を巡礼していきますが、バスや鉄道などの公共交通機関を使うと、こんな周回ルートをとることもできます。

 この日に持ち歩いた小さなデイパックには、納経帳に地図、カメラ、水筒ぐらいしか荷物が入っていませんでした。荷物が軽いと体力的に楽になるので自然と歩くスピードが速くなり、その分だけ余裕ができて、遍路道で出会う景色をゆっくり眺めたり、お寺でも余裕を持ってお参りできます。なにより歩き遍路の楽しさを満喫できることがうれしいです。

 ホテルで朝食を済ませ、バスで第33番札所・雪蹊寺に向かいました。高知市中心部から雪蹊寺に公共交通機関で行くには、とさでん交通の路線バスで長浜バス停まで行くのですが、高知市中心部にある「はりまや橋」のバス乗り場が行き先の方向によって4つに分かれているので、初めて利用するときは戸惑ってしまいます。長浜に向かうのは「南はりまや橋」バス停です。ちなみに、第31番札所・竹林寺に向かうmy遊バスは「はりまや橋」バス停、JR高知駅方面は「北はりまや橋」バス停、第36番札所・青龍寺のある宇佐方面には「堺町」バス停から乗車します。はりまや橋交差点から行き先によってバス停が東西南北に分かれているだけなのですが、うっかり間違うと本数の少ないバスを乗り逃がしてしまいます。

いわし雲が広がる朝の雪蹊寺。禅寺のたたずまいが清々しい

 きょうも青空が広がっています。南はりまや橋から20分ほどバスに揺られ、長浜バス停に到着。遍路姿の私をみて、運転手さんが親切に雪蹊寺まで500mほどの道筋を教えてくれました。雪蹊寺は四国八十八ヶ所霊場では珍しい禅宗(臨済宗)のお寺です。戦国大名の長宗我部氏とゆかりが深く、四国統一を果たした長宗我部元親の法名「雪蹊恕三」(せっけいじょさん)からお寺の名前が名付けられています(五来重「四国遍路の寺」角川ソフィア文庫)。鎌倉時代の名高い仏師、運慶とその長男の湛慶が逗留し、本尊の薬師如来像など国の重要文化財となっている仏像をいくつも制作した歴史もあります。

 雪蹊寺では、早朝から境内の手入れをしているらしく、私は午前8時前に境内に着いたのに、参道は落ち葉などがきれいに掃き清められていました。禅寺らしく、すがすがしい印象です。空にはいわし雲が広がり、木立をバックに建ち並ぶ御堂の瓦屋根とのコントラストが鮮やかでした。

 第34番札所・種間寺への道筋は、高知平野の穀倉地帯をひたすら歩きます。なんにもない風景といいますか、日本のあちこちにある田舎の景色と言ってしまえばそれまでなのですが、お遍路さんとして歩いていると、そういう何気ないところを歩いていることがとっても気持ちよくなってきます。見渡すばかりに田んぼや畑が広がっていて、ところどころに木々に囲まれた里山がみえます。その里山に近づくと、小さな祠や石仏があったり、神社の鳥居やお寺の門が点在しています。そして、とにかく空が高くて広い。どうしてこんなに風景が広く感じるのか不思議です。電線が少ないためかもしれません。

 そんな道筋をひたすら歩くのは単調なようですが、それでも少しずつ風景が変わっていき、確実に目的地に近づいていきます。そう考えてみると、こうした道筋を歩くことはただ単調なのではなく、何かを積み重ねているような気がしてきました。修業というような大それたことではないのですが、自分がランナーズハイならぬ「ウォーキングハイ」のような状態になっているのかもしれません。

空が広いのは、電線がほとんどないからなのか−。単調にも思えますが、歩くと楽しい景色です

 雪蹊寺から1時間半ほどで種間寺に到着しました。種間寺という名前もユニークなので、さっそく説明板を読んでみると、予想以上に長い歴史を持つことを知りました。お寺の名前は、空海が中国大陸の唐から持ち帰った米、麦、豆など五穀の種を蒔いたことに由来しています。けれども、お寺自体の発祥はそれからさらに数百年遡るそうです。聖徳太子の時代に大阪の四天王寺を建てた百済の職人たちが船に乗って帰国しようとしたところ、土佐沖で暴風雨に襲われ、このあたりの港に避難しました。この職人たちは滞在中に海上安全を願って薬師如来像を彫り、それを近くにお祀りしたことが種間寺の始まりだそうです。地図でみると、いまも海岸近くに種間寺の奥の院がありますので、海上安全との関係の深さを示しているのかもしれません。

 ただ、地元では、ご本尊の薬師如来は海上安全を祈願する仏様というよりも、いまでは「安産の薬師さま」として知られているそうで、どういういわれかわかりませんが、安産祈願として柄杓(ひしゃく)がお供えされていました。

種間寺の太子堂。海上安全を祈願した薬師如来は、いま「安産の薬師さま」として信仰を集めています

 次の霊場は、第35番札所・清瀧寺。種間寺から平地を8kmほど歩き、それから太平洋を遠望する山の中腹まで登っていく道筋です。種間寺から4km歩いたところにある仁淀川大橋を渡ろうとしたところ、ちょうど路線バスがきたので大橋北詰バス停から土佐市役所前バス停まで停留所6つ分を乗ってしまいましたが、この距離は歩いても時間的にはそれほど違わなかったと思います。土佐市役所前から清瀧寺までは、バイパス道路の工事が進んでいて、歩き遍路の地図「四国遍路ひとり歩き同行二人 地図編」(2016年4月発行 第11版)=歩き遍路が頼りにする地図=に記載された道路の一部が実際と違っていました。道に迷いそうになったところで、遍路道をGPSを使ったスマートフォンの地図アプリ=地図アプリの活用法=に助けられました。

 清瀧寺は、平地から登っていくと階段の途中に古びた仁王門があります。かつては山寺の奥深い雰囲気だったのかもしれませんが、境内に入るとすぐに大きな駐車場があり、けっこう開けた感じです。もともとはその名の通り、水の霊場となっていて、弘法大師が金剛杖で突くと岩から清水が湧いた、という類いの伝説がここにもあります。いまも本堂のわきに細い滝が落ちていました。素晴らしいのは、高知平野から田んぼの中に浮かぶ土佐市市街地の眺めです。遠くに太平洋がかすんでみえた。

清瀧寺の境内。正面にみえる本堂の右奥に細い滝があり、水の霊場を偲ばせてくれます

 清瀧寺の納経所を出た時点で、午後1時を回っていました。ここから次の霊場となる第36番札所・青龍寺までおよそ14kmの道のりで、標高190mほどの峠を越えますから、所要3時間30分は見た方がよさそうです。それから高知市内にバスで戻るのは大変だなあ、などと考え、結局、きょうはこのまま高知市中心部のホテルに戻ることにしました。土佐市役所近くの本町通バス停から路線バスでJR伊野駅に行き、そこから鉄道でJR高知駅に午後3時前に着きました。

【第11日】
[歩いた日]2016.10.11
[コース]はりまや橋-(バス)ー雪蹊寺-種間寺-大橋北詰ー(バス)−土佐市役所ー清滝寺-本町通−(バス)−JR 伊野駅−(鉄道)−JR高知駅
[天気]晴れ時々曇り
[歩行距離]23.6km
[歩数] 3万357歩

【利用した公共交通機関】
<南はりまや橋-長浜>
 とさでん交通バス
 料金 340円
 URL http://www.tosaden.co.jp/bus/rosen/

<大橋北詰-土佐市役所>
 とさでん交通バス
 料金 260円
 URL http://www.tosaden.co.jp/bus/rosen/

<本町通-JR伊野駅>
 土佐市ドラゴンバス
 料金 200円
 URL http://www.city.tosa.lg.jp
    (画面右下のバナー「土佐市ドラゴンバス」を参照)

<JR伊野駅ーJR高知駅>
 JR四国
 料金 260円
 URL http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

【お宿メモ】
[宿泊先]ウェルカムホテル高知

 住所: 高知県高知市追手筋1-8-25
 電話: 088-823-3555
 http://welcomehotel.jp
[宿泊費]4,980円(朝食付き)
 高知市の繁華街・はりまや橋に近く、清潔感があってリーズナブルなビジネスホテル。この日で2泊目の宿泊となりました

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One thought on “高知平野を快調に歩く

  1. Pingback: 種間寺で見上げたいわし雲 – お遍路オンライン

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