歩き遍路の断念から半年 再開へ募る憧憬
足摺岬から打ち返し、高知県土佐清水市の大岐海岸で前回(2019年3月)の歩き遍路を終えてから、早いもので1年半が経ってしまいました。実は今年2020年3月に、大岐海岸から再び歩き出そうと思って、飛行機や数日分の宿の手配までしたのですが、新型コロナウィルスの感染拡大で直前に断念しました。それから半年が過ぎ、秋風が吹き始めたいま、「やっぱり歩きたいなあ」という気持ちが募っています。
今年3月の歩き遍路を断念した直接のきっかけは、ある遍路宿のおかみさんからの電話でした。
「新型コロナウィルスの感染が広がってきて、高知でも感染者が確認されています。私ももう歳ですから、大事をとってしばらく宿を閉めようかと思います。せっかく予約していただいて、申し訳ないのだけれど、キャンセルさせてください」
とても丁寧な説明でした。遍路宿には、お遍路さんへのお接待の気持ちを込めて、ご高齢の方がこぢんまりとやっているところがよくあります。この宿も、そんなひとつです。首都圏で暮らす私が遍路道を歩いて行けば、どんなに気をつけても感染リスクはゼロにはできません。まして、歩き遍路に気配りしてくれる地元の方々には高齢者が多く、感染すれば重症化するリスクが高い。ご迷惑をおかけするわけにはいかないので、「キャンセルさせていただきます」とお伝えしました。
おかみさんは謝意の言葉を繰り返したあとに「大岐海岸から歩くのでしたら、その日のうちに(39番札所の)延光寺まで行くのは大変でしょう。途中に泊まるところもないのに、大丈夫ですか」と、気遣いしてくださいました。私がどうにかするので大丈夫です、と答えると、「そうですか。いいお遍路になるといいですね。歩く距離が長くなるかもしれませんが、どうぞ、お気をつけて」と、やさしい言葉をかけてくださり、電話を切りました。
おかみさんから電話をいただいたとき、私は新聞記者なので、東京・霞ヶ関の某官庁にある記者クラブでせわしく仕事をしていたのですか、こんなにやさしい言葉をいただくと、突然、時間と空間を飛び越えてしまい、自分がいま四国の遍路道を歩いていて、ばったり出会ったおかみさんに、思いがけないお接待をしていただいたような、不思議な温かい気持ちになりました。大げさと思われそうですが、電話口の向こうに遍路道がつながっているような気がしたのです。
私は電話をくれたおかみさんにお会いしたことがありません。この遍路宿は横波三里の遍路宿のおかみさんに勧められましたのですが、わずか4室の小さな宿でとても人気があるので、以前にこのあたりを通ったときには、満室で泊まれなかったのです。そこで、ぜひ一度泊まってみたい、と思い、3月の歩き遍路では、少し早めに予約していたのでした。
こうした経緯でおかみさんから丁寧なキャンセル依頼の電話をいただき、私はすぐに3月の歩き遍路計画全体を取りやめることを決めました。このブログでも何度か書いてきたように、歩き遍路は遍路道で出会う地元と方々に支えられて成り立っています。その方々にご迷惑をおかけするわけにはいきません。実際、3月時点では、「3密」回避などウイルス対策も十分に分からず、四国の自治体には県外からの旅行者を「招かれざる客」として謝絶する動きもありました。
あれから半年。四国八十八ケ所霊場会のホームページによれば、6月1日から札所の納経受け付けは全て通常通りとなっている、とのことです。政府のGO TOトラベル事業が開始され、四国の旅行会社では札所巡りの日帰りツアーも再開されているようです。
感染リスクにきちんと配慮すれば、そろそろ遍路道を歩いてもいいのか。それとも、まだ控えたほうがいいのか。地域によって、空気感も違うかもしれません。しばらく思案してみたいと思います。