玉ヶ峠を越えバスに乗る

 玉ヶ峠では、道路を挟んで石仏の反対側には豊富な湧き水があふれている水場があり、思わず顔を洗わせてもらいました。ひんやりしていい気持ちです。ただ、水場に隣接した平屋に掲げられた看板が気になりました。「この庵での宿泊はご遠慮願います。巡礼の無事をお祈りします。府中地区」と墨書されていました。地元の方々は「無断宿泊お断り」「野宿禁止」といった意味合いをなるべく優しい言葉で訴えようとしているらしく、お遍路さんへの心配りが伝わってきます。その一方で、歩き遍路の野宿は地元の方々に相当な迷惑をかけているんだろうな、と痛々しい気分になりました。

 玉ヶ峠から先は舗装された坂道をどんどん下ります。途中で視界が開け、鮎喰川の流れに沿って点在する集落がきれいに見えました。峠から30分頬歩いたところで四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクトが設置した「遍路小屋36号神山」を発見。景色もいいので、また休憩することにしました。このプロジェクトは遍路道のあちこちに地権者の協力を得て遍路小屋を整備するボランティア活動だそうです。ここでは1階部分には水洗トイレがあってとても助かりました。

 緩やかな下り坂が続き、やがて鮎喰川の川べりにある阿川という集落に着きました。自動販売機でよく冷えたスポーツ飲料を買い、ほっと一息。もともと都会であまり歩かない暮らしをしてきたうえ、昨日の焼山寺越えの疲れが残っているためか、ついつい休んでばかりで歩く速度がなかなかあがりません。

 鮎喰川にかかる橋をわたり、田んぼの中を歩いていると、浴衣姿のおばあさんと女の子をかたどった人形が道ばたに腰掛けていました。等身大の大きさで、夕涼みをしている二人のたたずまいがとってもリアル。目が合ったような気がして、ギクリとします。「阿川のかかし」というらしい。わずかな登りで駒坂峠を越え、ひと一人分の道幅になっている細いコンクリート製の橋で再び鮎食川を渡り、再び車道を歩きます。

浴衣姿のおばあさんと女の子のたたずまいがとってもリアルな「阿川のかかし」

 このあたりで、私としては、一大決心をしました。このまま四国八十八ヶ所すべての行程を徒歩で回るか、それともある程度は公共交通機関を利用していくかー。遍路旅は本来、歩いて霊場をたどるものだというイメージがあったので、正直なところ、公共交通機関を使うことにはかなり抵抗があります。一方で、連日の疲れもあって歩く速度は上がらないし、このままだと今日のうちに当初予定していた徳島市の中心部にたどり着けそうにありません。それに、一昨日、雨の車道を歩いていて、軽トラックに泥はねを全身にかけられたショックがまだ癒えなくて、交通量が多くて歩道のない車道を歩くこと自体が嫌になっていました。

 もともと誰かと比べるわけではないのだから、今日のうちに徳島市の中心部に着く必要はないし、きょうは雨も降っていないので泥はねを飛ばされる恐れもありません。それなのに、どうにも気持ちに余裕がない。せっかく、自然が豊かで歴史の重みも感じられる遍路道を歩き、たくさんの人から思いやりもいただいているのに、自分の気持ちはとげとげしい状態でした。他人から見ればたいしたことではなくても、自分にとっては肉体的にも精神的にもテンパっていて、自分なりのペースやバランスがつかみ切れてない。だから、苦しい。大げさな言い方になってしまうけど、遍路旅って、やっぱりその人の人生観に通じるところがあります。

 そんなことを考えているうちに、バス路線のある広野に着きます。バスの本数は少ないが、時刻表を確かめると、あと20分ほどで次のバスが来る。ここで四国八十八ヶ所のすべてを歩き通すという当初の目標をあきらめ、バスに乗ることに決めました。

 午前11時40分ごろ、第13番札所・大日寺に最寄りの一宮札所前バス停に着きました。広野から約6km。歩けば1時間半くらいかかる道のりなのですが、バスに乗ると15分ほどで実にあっけなかったです。

 まずは、大日寺の前に、一宮神社に参拝。遍路姿で柏手を打つのにちょっと違和感がありました。ただ、四国八十八ヶ所霊場には、もともと神仏混淆の寺社が多く、むしろ寺社の両方を大切にするのが古来の日本人の感覚になじむような気もします。大日寺から第14番札所・常楽寺、第15番札所・国分寺、第16番札所・観音寺、第17番札所・井戸寺に歩いて回ったところで夕方になりました。

 井戸寺を打ち終わってJR徳島線の府中駅へ。この地名は難読で、「府中」と書いて「こう」と読むそうです。鉄道でJR徳島駅に着き、夕食は地鶏料理店で阿波尾鶏を食べました。遍路旅に出てから初めて飲んだビールは、文字通り五臓六腑に染み渡るおいしさ。こんなことをするうちに、四国八十八ヶ所を巡礼する自分のペースがつかめてくるのかもしれません。この日は徳島市中心部のビジネスホテルに泊まり、爆睡しました。

 

【第4日】
[歩いた日] 2016.10.1
[コース] すだち館-玉ヶ峠ー阿川ー駒坂峠-広野ー(バス)ー大日寺―井戸寺-(鉄道)ー徳島市中心部
[天気] 曇り時々晴れ
[歩行距離] 30.3km
[歩数] 4万665歩

【利用した公共交通機関】
 <広野バス停-一宮札所前バス停>
 徳島バス神山線
 料金 380円
 http://tokubus.co.jp/wptbc/routebus/
 <JR府中(こう)駅-JR徳島駅>
 JR四国徳島線
 料金 220円
 http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/jikoku/

【お宿メモ】
[宿泊先]徳島ワシントンホテルプラザ
     徳島市大道1-61-1
      088-653-7111
     http://washington.jp/tokushima/
[宿泊費] 5,660円(素泊まり)
  清潔感のあるホテル。ただ、コインランドリーが1台しかなく、宿泊客の奪い合いになったため、近くのコインランドリーで済ませた。

Share

おすすめ